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2021年02月20日

波の上ひとりお散歩

沖縄ひとり旅 第31話。

2019年11月12日。

旅の最終日の朝。残された時間でどう行動するか。大丈夫、予定はちゃんと立ててありますよ。
路線バスで向かうは若狭波の上方面。さぁ、何度も足を運んだ旭橋のバスターミナルに…と思ったけど、ふと、「県庁前バス停」から乗ればいいんじゃない?って今更ながら気付く(笑)
程なくしてやって来たバスに乗り込み、これまたお決まりになった進行左1番前の席に腰を下ろす。
松山通りを走るバス…那覇商業高校を過ぎてすぐ、左手に異国風の建築物が現れる。あっ、ここが福州園かな?中国風情の庭園はエキゾチックで見応えありそうですね。そして国際通りからも結構近いんだな、と次回旅に繋がる発見です。
福州園の先をバスは左折。「西武門バス停」で、ハイ降りま〜す。
波ノ上通りを真っ直ぐ歩けば直に護国寺が見えてきました。






波の上ひとりお散歩

波上宮へはすぐ向かわずに護国寺傍の小道を行きますと、樹々の茂る中に小桜の塔を見つけました。学童疎開の途中撃沈された「対馬丸」の犠牲者を悼む、鎮魂の塔。未来ある児童生徒さん、引率の先生方…幾つもの尊い名前が刻まれています。






波の上ひとりお散歩

周辺には「ふんばるがじゅまる」なる大木が。左手前の一枚岩のようなものは「戦没新聞人の碑」だったと思います。そして護国寺の中には「ベッテルハイム博士居住之跡」の碑も。琉球大河小説「テンペスト」の脇を固める人物ですが、そうだ…フィクションではあるけど作品中にも護国寺の名が表されていたっけ。






波の上ひとりお散歩

波上宮にお参りです。念願のひとり沖縄旅が、お天気にも恵まれ素晴らしいものであったことに感謝です。そして、これからも沖縄とのご縁が続きますように。




お宮は意外にも人でいっぱいです。この日は火曜日平日ですが、沢山のアジア系外国人と、ご近所の保育園からかしら、七五三参りのかわいい参拝客が列を作って順番にちいさな手を合わせています。
わたしの御神籤の結果は…中吉。旅の項目には「親しき人と行け」と、命令形でありますので(笑)次回沖縄は主人と来るべきということですね。
そしてお参りの後は。





波の上ひとりお散歩

やっぱり海に向かって行きたくなるねぇ。こんな佳き秋の日だもの。




                                               つづく。






























Posted by せまるはこがめ at 08:46│Comments(24)
この記事へのコメント
波の上宮・・・岩山が 海に突き出ている その上にある

神宮ですよね。 その下には補給艦だったか 子供の僕には

分からなかったけど 大きな船が 甲板だけ水上に見えて

大人も子供も その沈没船に 上がって遊びました

僕は兄や 兄の友人達と 自動車タイヤ・チューブを 浮き輪にして

その船まで泳いでいき 上がった・・・

鉄の扉は開きっぱなしで 機関室は水の中 怖かったけど 

惹かれました・・・

その頃 波の上宮は 戦争で跡形もなく ただ見晴らしの良い 岩山でした

懐かしいです。
Posted by 湖畔のベンチで湖畔のベンチで at 2021年02月20日 12:48
今回の記事は、Bさんや天使ちゃんのブログに出てきそうな場所・感じ・雰囲気でしたね。
波の上の砂浜の上、海水に浸かる足の上、ヒタヒタと寄せてくる波の上、気持は沖縄の空の上。
今日もなかなか上等なコメ。上の上。中の中。下の下。
回りまわって、ボールは自分の手の上!!
意味がありそうでない、ラップ調でした(*^^)v
2番乗りだとこんなウキウキ感がでますね。今日は、小春日和と言ってもいいぐらいですし。
自分の気持ちも春のようなみたいな(笑)
Posted by インテ at 2021年02月20日 13:19
湖畔のベンチで さん

波の上って独特の風情がある地域ですよね。
かつては華やかなジュリが誘う町だった…辻も程近いですし。今でもあの辺りはそういった目的のエリアでありますが。
古い沖縄本で知ったのですが、波の上には海上店舗や市民プールもあったとか。戦後の話でしょうけれど。その後海上店舗は大火事に見舞われて焼失したと…。
でも、湖畔のベンチでさんのお話は知りませんでした。
岩山の下に沈没船。冒険心豊かな子供にとっては格好の遊び場だったのでしょうか。それにしても機関室が水の中とかかなり怖い。よくご無事で…!
タイヤを浮き輪に沈没船探検とか、現代では考えられない。危険を伴うからその是非は兎も角…今の子供たちはゲーム画面の中でしか冒険していないのでは?
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月20日 14:21
インテさん

最後のビーチの見えてる画像がね、Bさんや天使ちゃんの記事でもお馴染みですね。
この界隈、今でも残っているかもですがAサインのある老舗ステーキ店が建ち並ぶ地域でもありますよね。こがめがちいさいとき、有名な「ステーツサイズ」訪問したけれど…ちょっとガラの悪いエリアでもあるから、子供連れには気不味い感じもありました。その老舗もいつの間にか閉店しちゃった情報が…。
今日のコメはラップ調に読んだらいいの?
上上上…って韻を踏んでて確かにノレるな(笑)しかし意味不明でもあります。
ね、今日は春のような陽気ですよね。明日はもっと春めくとか。インテさんの心にもほっこり春が到来してますね。
しかし週半ばからは通常2月の気候に戻るそうですよ。う〜ん、いけず〜。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月20日 14:30
せまるさんの路線バスでの定位置、ちゃんと空いていたんですね。またちょこんと座って出発ね(笑)
波上宮はお正月の初詣以外に歩いたことはないんですよ。対馬丸の鎮魂の塔があるんですね。
友人のお母さんの兄弟もその犠牲者だと聞いて胸を痛めたことがあります。
波上宮の鳥居の上の空が真っ青で美しい。
あはは、おみくじで命令形?
親しき人はご主人ね。
その通りに今年はご主人と一緒にいらしたものね。
ビーチも真っ青できれいだな。
Posted by メープルメープルメープルメープル at 2021年02月20日 17:35
せまるさん、こんばんは。

今回せまるさんが回った界隈は、久米村(若狭、松山、久茂地、泉崎、東町、西町、辻)といって、中国大陸からの移民が住み着いて集落を作り、その渡来人たちは久米三十六姓と呼ばれ、中国や東南アジア諸国との貿易を行い、琉球王国の大交易時代を支えました。
その子孫たちは、現在でも意識や結束が強いようです。
Posted by kazunkazun at 2021年02月20日 20:05
メープルメープルさん

いつの間にか定位置と、自分の中で決めていたバス1番前の座席。最終日にも確保出来ました。
はい、ちょこんです(笑)ちんまり収まりましたよ〜。因みに…滅多に機会は無いのですが、地元でも路線バスに乗る時はこの座席を狙います(笑)
お正月以外に波上宮に行かれたことはないですか。では波の上ビーチもあまり歩かれたことはないでしょうか。メープルメープルさんにはやはり、北谷のビーチでのサンセットが似合います。
近しい方に対馬丸の犠牲者がいらっしゃるなんて…民間の、それも学童疎開船を狙って襲撃するとはなんと酷いことでしょうか。それが戦争なのだと言われれば…この世で最も無慈悲な人間の行いですね…。
はい、鳥居と青空がマッチして、お天気に恵まれたこの日も気持ち良かったですよ〜。
御神籤の結果に従って、その次の沖縄旅は主人と実行しましたが、またひとり旅するチャンスを密かに企んじゃいます(笑)
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月20日 21:16
Kazunさん

詳しく教えてくださりありがとうございます。
久米村や渡来人の歴史、以前本で読んだことはあり、朧気に記憶にありましたが…改めて説明してくださって有り難いです。
本文中にちょっと触れた「福州園」も、そのような歴史を背景にしているのかな。
中国からの移民はいわゆる華僑というのとはちょっと違うのでしょうか。
大交易時代…琉球王国が最も華やかで栄えていた時代ですね。東アジアの端っこにあるちいさな島の王国が、その地の利を生かしてアジアの各国に進出していた歴史は興味深いですね。
久米三十六姓の子孫の方々は苗字などに特徴があるのかしら。今現在いらっしゃる方はもうかなり世代を重ねてらっしゃいますね。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月20日 21:27
こんばんわ。旅の終盤になりましたね。特等席に座り次の旅へのチェックも怠らずですね☺️
福州園も私も未経験です。
次男くんは一度行ったことがあり、異国情緒溢れる感じだったそうです。
波之上もBさんと私が写真撮す場所と同じでしたね。
Bさんいたかもよ~(笑)
おみくじの旅の項目の『親しき者』に私も入れてください(笑)
Posted by :*:天使ちゃん:*::*:天使ちゃん:*: at 2021年02月20日 22:46
 沖縄旅行も今日が最終日、お天気に恵まれてよかったです。路線バスに乗るせまるさんって、本当に沖縄愛ですね。地元の人でもバスには乗らない人が多いので。

 波の上ビーチ、いいお天気だから海もきれいだったでしょうね。 近いけど何年も行ってないですl
Posted by 美江美江 at 2021年02月20日 23:36
え~、県庁前から波之上までバス?
歩いていけるじゃ~ん!
そうそう、福州園も見学したりしてさ。
護国寺、波之上宮、波之上ビーチ。
いつもの光景だ。
11月でも波際で戯れる人がいるいなぁ。
い~天気だもんな。
Posted by B_islanderB_islander at 2021年02月21日 08:16
辻町・じゅりだった 優しいおばあさんと 僕の御祖父さんの事・・・

長くなるから 此処に書くのは遠慮して 僕のブログで近日中に (*^-^*)
Posted by 湖畔のベンチで湖畔のベンチで at 2021年02月21日 08:58
天使ちゃんさん

ひとり旅の残り時間が少なくなってまいりました。
この時の旅が万事上手くいって楽しめたのは…天使ちゃん始め、お友達皆さんのお陰だったと今でも感謝していますよ。
バスの特等席、誰も座っていなかったらラッキー、わたしのものです(笑)
次男くんは学校からの見学で福州園に行かれたのかなぁ。エキゾチックな庭園、興味あるのですが、毎回の旅でどうしても後回しになっちゃって未だ行けてませんね。
那覇の街中に突如現れる中国。面白そうなのだけど。
ですね、天使ちゃんやBさんのブログ記事でもお見かけする波の上ビーチ!
この日Bさんは…う〜ん、多分お仕事中(笑)
あ!親しき者は天使ちゃんのことだ、主人じゃ無くて!(笑)
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月21日 09:17
美江さん

この時の旅はほんとうに良かった〜ずっとお天気に恵まれて、11月の沖縄は初めてでしたが、暑くも寒くもない快適さが気に入りました。
湿度もほどほどだったしね。晴れているお陰で海も空も美しかったなぁ…。
あはは〜沖縄愛、わたしいっぱい持っているかな?そう言って頂けて嬉しいですよ〜。
これからもずっと沖縄を大切に想っていたいな。
美江さんは普段路線バスを利用されませんか?
複雑な路線がちょっと難しいけど楽しいですよ〜。
波の上ビーチは美江さんのお家からそう遠くはないですよね。でもご無沙汰でしょうか。今なら観光客も少ないので是非海を眺めに行かれてみては?
あ、インスタアップ用に海撮影は如何でしょう?
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月21日 10:25
B islanderさん

そう、バスに乗って気が付きました。
県庁から波の上ってこんなに近かったっけ?って(笑)
でもね、最終日だったし歩いて迷って…しちゃったら時間が気になるところだったので、バス利用で良かったのです。今度機会があったらのんびり歩いてみたいな。知らないお店や風景を見つけられるかもしれないしね〜。
福州園にも入ってみた〜い。
Bさんは時々行かれます?あ、だいぶ以前の記事で見かけたような…。
あはは〜いつもの光景と言われてもなぁ(笑)わたしにはどこもかしこも嬉しい沖縄の一風景で御座います。
はい、素晴らしい11月の晴れの日、そしてわたしにとってはハレの日。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月21日 20:45
湖畔のベンチで さん

まぁなんと興味深い。
ジュリだったおばあさんと湖畔のベンチでさんのお祖父様とのお話は…もしかしたらロマンスでしょうか。
小説のようなとっておきのエピソードと想像致します。
はい、了解しました。では楽しみに待っていますね。ご披露くださることにありがとうございます。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月21日 20:49
対馬丸・・・僕を含めて家族の名前が 刻まれるはずでした

以前にも書いたけど 書類の不備が 理由で那覇港から帰され

次の疎開船に乗ったのでした。

祈念館の おひとり おひとりの

写真を拝見して 何処にぶつけたらヨイのか 悲しみと怒りが

込み上げて きました (-_-)
Posted by 湖畔のベンチで湖畔のベンチで at 2021年02月23日 18:56
湖畔のベンチで さん

そうでした。
改めて、今頂いたコメント拝見して背筋が寒くなる思いです。
軍人相手だけでなく、敵国の民間人、国土や文化財や資源…あらゆるものを破壊して正義とする戦争なぞとても理解出来ず到底許されるものではありません。
それから…「テンペスト」のドラマを途中までご覧になったということですが、あのドラマはダメです(笑)機会があれば是非小説を読んで頂けたら…。
琉球王国末期、列強や米国から愛する琉球を守ろうと、懸命に生きた王国の役人達の姿に感動を覚えます。沖縄県と生まれ変わってからの沖縄の歩んだ歴史を思うと胸が痛くなりますが(小説では王朝が消滅したところまでで終わっています)加えて、今の日本の政治家の情けなさをつくづく感じてしまいます。
沖縄出身の作家池上永一さんの作品は「テンペスト」に限らず、風景や人物、心理描写が見事です。ただ、この作家がS気質なのか、登場人物をいたぶるシーンも多々あって細々と描かれている箇所にはちょっと辟易してしまいます…(苦笑)
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月23日 20:52
お~・・・。
どこも行ったことがところばっかりです(笑)
テンペスト、ドラマは見たけど・・・もうずいぶんと
内容を忘れてしまっている・・・orz
今度こそ買って読んでみるか~^^;
Posted by sperrysperry at 2021年02月25日 17:49
sperryさん

sperryさん、行かれたことがある場所ばかりですか。
波上宮もビーチも、意外と行きそびれることが多くて…この時のひとり旅では少しゆっくりこのエリアを歩いてみました。奥武山公園内にある沖宮も参拝したいのですが、こちらは未だに足を運ぶことが出来ていません。
テンペスト、去年11月に一挙再放映されていたようですね。丁度首里城火災から1年ということで…。ウチは本放送の時にDVD録画して残してあるので、再放送は観ていませんが。
是非小説であの世界をご堪能くださいな。
ドラマはかなり端折ってあるし、ストーリー展開も変えてきているので。?な場面も多かったなぁ。
年末年始のお休みに読まれる予定にされていたご本如何でしたか?お正月、意外とじっくり読書する時間があるような無いような…なんですよね…。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月25日 21:06
久米村に 住んでいる中国人には 職人が多かったらしいので

御座楽で使われた 弦楽器や 首里城の宮廷の婦人たちが

着ていた染物や織物 使われる螺鈿の調度品 漆や陶の器

それらに大きく 貢献したのでしょうね それが 次第に

庶民の身近な 楽器・衣類・食器の文化を 向上させたのかな・・・

そう思うと久米人\(^o^)/です。 僕の同期生にも 

幾人か久米人の 子孫がいて 胸張っています (*^-^*)

僕の家系は久米人では ないけど 戦前は西町に 住んでいました

西町から辻街は すぐそこです (^_-)-☆
Posted by 湖畔のベンチで湖畔のベンチで at 2021年02月25日 21:42
湖畔のベンチで さん

そうですか、かつて中国から来られた方々は、琉球文化の発展に貢献されたのですね。
雅な王朝文化が根付き華開いた影の功労者…でしょうか。
冊封制度で中国に貢いだ贈り物として、琉球の工芸品が見事に発展したとも聞きます。貝を用いた螺鈿細工なども素晴らしいですよね。
そうですね同期の方、御先祖さまを誇りにこれからも沖縄で胸を張って頂きたいですね。
戦前は泊や西町の辺りが那覇の中心で賑わっていたとも聞きます。戦後は国際通り周辺に繁華街が移ってしまったようですが…。
軽便鉄道も市内を走っていたとのこと。戦前の那覇は活気ある商都だったのでしょうね。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月26日 09:37
あ・・(笑)
めっちゃミスってますやん(笑)
行ったことが無いところばかり・・・です^^;
Posted by sperrysperry at 2021年02月26日 17:24
sperryさん

あら、違ってました?(笑)
行かれたことが無い…が正解だったのですね、あはは〜sperryさん、なんかかわいい…といったら失礼ですが。
いえいえ、ご丁寧にありがとうございますです〜。
Posted by せまるはこがめせまるはこがめ at 2021年02月26日 18:18
 
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